ヒンドゥーの神様はヴァーハナ(乗り物)と呼ばれる騎獣(鳥や想像上の生き物を含む)を従えている。象の頭のガネーシャ神のヴァーハナは、小さなトガリネズミのムーシカ。そしていつも左手(手=ハスタ)に持っているのが、小さなお団子、コルカッタイ(モーダガム/モーダカ)だ。
コルカッタイを知ったのは、2008年、マドラスに来て1ヵ月くらい経った夜のこと。南インド料理店で食事をしていたら、背が高くて恰幅のよいマネージャーが隅のテーブルで試食を始めた。運ばれてきたのは、点心のように小さな白い団子。インド料理にこんな食べ物あったっけ?
それまで厳しい目をしていたマネージャーは、そのお皿を見るなり少し表情を緩め、団子をひとつ手に取って愛しそうに口に運んだ。大きな男が背をかがめて喜々としながら小さな団子を食べる姿に「これ絶対おいしいやつだ!」と気になり、思わず立ち上がって、マネージャーのテーブルに近づいて聞いてみた。
「なんという料理ですか?」
「コルカッタイです。食べてみますか?」
それは、米粉で作られた、しっとりつるんとした蒸し菓子だった。中にはココアナッツとジャガリーを煮詰めた、少しシャリッとした食感の甘い餡が入っている。米粉のせいだろうか。初めて食べるお菓子なのに、妙に懐かしい気持ちになったのをよく覚えている。
コルカッタイがガネーシャ神の好物だと知ったのはそれからしばらく経ってから。ガネーシャ神はさまざまな別名を持つことで知られるが、その一つは、ずばり「モーダカ(コルカッタイ)好き」を意味する Modakpriyaだという。
そんなこんなで、次第に大きなマネージャーの姿がガネーシャ神と重なってくる。味わいもどこか和菓子に似たコルカッタイは、少しホームシック気味だった私を大いに元気づけてくれた。あれはきっとガネ様の計らいだったに違いない、とさえ感じる出逢いだった。
さてこのコルカッタイ、人気のあるスイーツなのに、普段は料理店や菓子店であまり見かけない(ガネ様に似たマネージャーがいる店は例外だけど)。ガネ様の誕生を祝う祭りGanesh Chaturthi(ガネーシャ・チャトゥルティー)のお供え菓子というイメージが強すぎて、その時期以外に食べるのが憚られるからだろうか? いや、多分、それが理由ではない気がする。
コルカッタイ、型を使えば簡単だけど、インドの人にとって、手で上手に成形するのは意外に難しいものらしい(手先が器用な人が多い日本人にとってはさほど難しいものではない気がするけれど)。料理上手なお母さんでもコルカッタイ作りはどうも苦手、ということもあるようだ。
というわけで、いつでもどこでも食べられるものでないならば作ってみよう!と書店にレシピを探しにいったところ、ふと1冊のタミル料理本が目につき、何気なく手に取ってページを開いたら、なんとそこにはコルカッタイの詳細な作り方が載っていてびっくりしてしまった。
それが、タミルのバラモン料理研究家であるViji Varadarajan先生との出逢いだった(コルカッタイのレシピが掲載されているのは “SAMAYAL” と “Festival Prasadam”)。これもガネ様の計らいだったのだろうか。
Viji先生はコルカッタイ作りの極意について、常々こんな話をされる。
「コルカッタイ作りはアートです。コルカッタイの生地は、中のココアナッツ餡がところどころ透けて見えるくらいに薄く、しかも先はしゅっと美しく尖ってないといけません」
コルカッタイとViji先生に出逢ってもう10年以上。肝心のコルカッタイ作りは、なかなか上達していない。でも、Ganesh Chaturthiには、素晴らしい出逢いに感謝の気持ちを込めて、毎年手作りすると決めている。