マールガリの乙女はパングニの花嫁に~タミル暦その②~

Contents

で、マールガリ月は一体いつなの?


神様に恋した少女アーンダールが乙女の誓いを立てたマールガリ月とその謎について書いたのは、タイ月(1月中旬〜2月中旬)のはじまりに行われる収穫祭ポンガルの数日前。ぐずぐずしているうちに、タイ月もマーシ月(2月中旬〜3月中旬)も過ぎさり、タミル暦の最終月(2021年は3/14〜)であるパングニも残りわずかになってしまった。

アーンダールの誓いはどうなったのか。そもそも、彼女がこだわったマールガリ月とは一体いつなのか。
タミルではマールガリ月といえば12月中旬から1月中旬と決まっているのに、11月〜12月だと書かれている文献もあるのはなぜか?

そういえば、と思い出したのが、アーンダールが恋するクリシュナ神の聖誕祭。タミルでは同じヒンドゥー教徒でも、シヴァ派とビシュヌ派では聖誕祭が1日違っていて、どちらがどの日かわからなくなってしまうことがよくある(シヴァ派とビシュヌ派では、聖誕を祝うべきタイミングが異なるらしい)。でも1日限りの祭りならばまだしも、ひと月ずれるなんてことはあり得るのか?!

満月組と新月組

調べてみると、どうやら、ヒンドゥー暦には、大きく分けて、満月から満月までをひと月と数える「プールニマーンタ法」と、新月から次の新月までをひと月と数える「アマーンタ法」のふたつの暦法があるらしいことがわかった。月の満ち欠け周期は約29.5日だから、その半分、およそ2週間のずれがあることになる。

なお、月の満ち欠けを基準にするヒンドゥー暦は、太陽の運行も考慮して閏日や閏月を不規則に加えて調整するので、イスラム教のヒジュラ暦のような完全な太陰暦でなく、太陰太陽暦である。

Base map from https://d-maps.com/

満月基準のプールニマーンタ法を採用している地域は北インドが多い。

  • ビハール州
  • チャッティスガル州
  • ハリヤナ州
  • ヒマーチャル プラデーシュ州
  • ジャンムー・カシミール州
  • ジャールカンド州
  • マディヤ・プラデーシュ州
  • オーディシャー州
  • パンジャーブ州
  • ラージャスターン州
  • ウッタラーカンド州
  • ウッタル プラデーシュ州

一方、新月基準のアマーンタ法を採用している地域は、主に南インドと東インド。

  • アーンドラ・プラデーシュ州(新しくできたテランガーナ州も?)
  • アッサム州
  • グジャラート州
  • マハーラシュートラ州
  • カルナータカ州
  • ケーララ州
  • タミル・ナードゥ州
  • 西ベンガル州
  • トリプラ州

(参考ページ: Q.8. What are Purnimanta and Amanta options? Which option should I choose? https://www.drikpanchang.com/faq/faq-ans8.html )

ちなみに、日本で旧暦と呼ばれる天保暦は、新月を一日(ついたち)と数え、月末は月が隠れることから晦日(つごもり)と呼ばれたらしい。南インドに近いぞ!

暦法は違っても、月名はサンスクリット名をベースにしているものが多く、プールニマーンタ月はアマーンタ月より半月分早くなる。

満月から数えて、

月がだんだん小さく、暗い部分が多くなっていく半月分をクリシュナ・パクシャ(黒分)

逆に、新月から、

月の明るい部分がだんだん大きくなっていく半月分をシュクラ・パクシャ(白分)

と呼ぶことになっている (タミル暦では異なる呼び方がある)。

マールガリ月を例にすると、イメージとしてはこんな感じ。
(第10月のパウシャ月は、タミル暦ではポンガルを祝うタイ月。第8月のカールティカはカールッティガイ)

なるほど。タミル・ナードゥ州は新月派で、北インドは満月派だから、ずれがあって当然。
暦で確認してみると、2020年12月のマールガリ月は12月16日からはじまり、新月の2日後だった。インドの暦には、なにやら細かい決まりがあるので、2日くらいずれてしまうこともあるだろうとその時は考えた。

でも、クリシュナ神が好んだマールガリ月が南インドと北インドでは2週間ずれていることに、アーンダールは気にならなかったんだろうか。などと考え始め、あらためて『ティルッパーヴァイ』を読んでみた。すると……

ティルッパーヴァイ第1パースラムの謎

மார்கழித் திங்கள் மதிநிறைந்த நன்னாளால்

In this month of Marghazhi,
On this day filled with the light of moon

暦月はマールガリ、月満ちた吉兆なるこの日


ティルッパーヴァイ 第1日目のパースラム
原文参照:https://en.wikipedia.org/wiki/Thiruppavai

『ティルッパーヴァイ』は、マールガリ月初日から最終日(第30日目)まで、各日に合わせた合計30のパースラム(聖詩)で構成されている。上は第1日目のパースラムの出だし部分。

ここで注目したいのは、ずばり「お月さま」
マールガリ初日は、மதி=月が、நிறைந்த=満ちた状態、つまり満月だと歌っているのだ。

タミル暦は新月はじまりのアーマンタ法を採用しているはずなのに、月初めが満月とは一体どういうことだろう。

『ティルッパーヴァイ』はマールガリ月のテーマソング的存在で、特に第1日目の詩の出だし「マールガリ ティンガル マディニランダ ナンナーラール♫」は、『ティルッパーヴァイ』の全詩を知らない人でも口ずさめるくらい有名。

今年の1月(マールガリ月期間中)には、第1目のパースラムを、タミルの女優たちが歌うこんな動画が公開された。

いかに、このパースラムが親しまれているかを考えた上での大きな疑問。

みんな、「マールガリ月の初日が満月」ってありえない歌を自慢気に何百年も歌い続けてるわけ?

アマーンタなの?アマーンタじゃないの?

なぜアーンダールはマールガリ月の初日が満月だと歌ったのか。

もしかして、『ティルッパーヴァイ』は、タミル暦でなく、北インドに多いプールニマーンタ法の暦のマールガリ(マールガシールシャ)月を歌ったものだろうか。
もしそうだとしたら何が理由だろう?

マールガリの謎は深まるばかりで、途方にくれていた時、
ふと、どんな時も絶対に変わることのない「タミル暦の大鉄則」を思い出した。

マールガリ月の翌月、タイ月の初日は、太陽が磨羯宮(山羊座)に入る瞬間を祝うタイ・ポンガル(マカラ・サーンクランティ)、つまりお月さまとは何の関係もない。

お日さまが描かれたタイ・ポンガルのコーラム(吉祥模様)

2021年のタイ月初日の暦を見てみると、当たり前だけど、ばっちりマカラ・サーンクランティだった。
ただ、ここで思わせぶりな月の動きにも気づいた。前日(マールガリ月最終日)は新月だったのだ。

うーん。やっぱりアマーンタってこと?

月と太陽のそれぞれ独立しているけれど、でも、「タミル暦はアーマンタ法」だとあらゆる場所に書かれているので、そこから離れられず、完全に行き詰まってしまった。

よし、こうなったら、各地のヒンドゥー暦比較表を作ってみよう!

暦とにらめっこしながら2021〜2022年度のヒンドゥー暦比較表を作成。そこから満月組、新月組、そしてタミル暦を抜き出してみた。

ヒンドゥー暦は、1月新年のグレゴリオ暦と違い、3月〜4月に新年を迎えるものが多い。
月の名前は暦によって異なるが、サンスクリット名のチャイトラ月(タミル暦ではチッティライ月)にあたる暦月が第1番目の月だ。

2021年のマールガシールシャ(マールガリ)月のはじまりを比べてみると

  • プールニマーンタ月:11月20日
  • アーマンタ月(カンナダ暦):12月5日
  • タミル暦:12月16日

実に26日、1ヶ月近くも開きがある。

この比較表を作成してわかったことはタミル暦は年の始まり(新年)としてはアマーンタ法、つまり「黒分はじまり」を採用していても、新月を月初めとするのでなく、太陽の移動(サンクラーンティ)を基準にしている太陽暦だということ。

というわけで、マールガリ月のはじまりが他の地域と異なっていたり、初日が満月でも全くおかしくないのだ。

ほっ。

これで正々堂々、なんの迷いもなく、マールガリ月を心待ちにできる!

たとえば847年11月30日とか

ここまできたら、気になってきたのが、
アーンダールが恋の願掛けをはじめた、満月が初日のマールガリ月とは、いつだったのかということ。

伝承では、アーンダールは9世紀頃の人だといわれている(諸説あり)ので、
正確なデータとはいえないけれど、9世紀のタミル暦を調べられるサイトで探してみた。

すると、

847年のマールガリ月が満月から始まっていた!(847年11月30日)

https://www.drikpanchang.com/tamil/tamil-month-panchangam.html?date=30/11/0847

暦の正確な計算には、もっと細かい情報が必要なので、あくまでお遊び(しかも、この年のマールガリ月は30日でなく、29日までしかないので、そのことからも当てはまらない)。
ただ、実際にアーンダールの詩を暦に照らし合わせる試みはあったようで、ある計算では、たとえば、850年11月27日がマールガリ月初日かつ満月だという。

しかし、アーンダールの研究者であるArchana Venkatesanは、『ティルッパーヴァイ』を実際の暦にあてはめることにあまり意味がないのではという見解である。たとえば、架空の町を舞台にしているなど、詩の世界全体がアーンダールの想像上のものである可能性があるからだ。

さて、
マールガリの満月からはじめた、アーンダールの恋の誓いは結局成就したのだろうか。

神の花嫁=パングニ・ウッティラム

マドラスに伝わる伝承では、アーンダールはマールガリ月の最終日に神の花嫁になったとされ、実際に結婚式を行うお寺もある(数日前から、律儀に招待状まで配られる!)。

2016年1月にマドラスのお寺で配られたアーンダールの結婚式の招待状。

でも、アーンダールの恋はマールガリ月の『ティルッパーヴァイ』の誓いでは成就しなかった。そこで、神によりダイレクトに思いの丈をぶつけるべく書いたのが、マールガリ月の翌月であるタイ月ちなんだ、『ナーッチヤール・ティルモリ』という14の官能的な詩だ。

アーンダールの聖誕地とされるシュリヴィッリプットゥールの伝承では、タイ月の翌々月であるパングニ月(3月中旬〜4月中旬)の満月の日(2021年は3月29日)に、タミル・ナードゥ南部のシュリーランガムで、アーンダールはようやくランガナーター神(ヴィシュヌ神の横たわる姿)と一つになったとされている。

パングニ月の満月(パングニ・ウッティラム)は、シヴァ神と女神パールヴァティー、ムルガン神と女神デーヴァセーナなど神々が結婚する特別な日であり、そこにアーンダールも仲間入りして、女神となったのだ。

もしかして、アーンダールは、神の花嫁=パングニ・ウッティラムを夢見て、「吉兆なる満月」に恋の祈願をしたのではないだろうか。それならば、マールガリ月は、なんとしても満月にはじまる必要があったのではという気がしてならない。

ともかくマールガリの乙女は、こうして、願い通りパングニの花嫁になったのだ。

めでたしめでたし♡

(でも個人的には、「神様と一つになる=人間としての彼女の肉体はなくなってしまう=少女アーンダールの死」とつながってしまって、どこか悲しい気持ちになってしまう部分もあるのだけど)

左からアーンダール、ヴィシュヌ神、ヴァーハナ(神の乗り物)のガルーダ
アーンダールとヴィシュヌ神が文字どおり合体した姿 (Illustration by Bapu)

記事冒頭のイメージ写真はお寺で偶然遭遇した結婚式の様子。数年前に撮影(=コロナ前)。

予告:暦の話はタミルニューイヤーに

タミル暦については、もう少し説明を加えたいところだけど、暦の話は新年にするのが一番な気がするので、タミルニューイヤー(4月14日)までお待ちください。

  • URLをコピーしました!
Contents