いろいろあるインドの暦①-イスラーム暦と断食粥

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月に直結した暦と、太陽に限りなく近づきたい暦

2021年4月のインドは、暦上重要なタイミングが重なったちょっと珍しい月だった。
タミル暦をはじめとした恒星年太陽暦の新年(4/13)、テルグ暦など新月基準のアマーンタ暦法の新年(4/12)、そしてイスラーム(ヒジュラ)暦のラマダーン月(断食の月)の開始(4/13)がほぼ揃ったのだ。

そして2021年5月12日の今日は、インドではラマダーン月の最終日。

ヒジュラ暦は、うるう日を加えない純太陰暦として知られるが、インドには純太陰暦と対称的な、うるうを加えないいわば純太陽暦も存在する。イスラム教のペルシア征服を受け、8世紀頃よりイランからインドへの移住をはじめたというゾロアスター教徒、パールスィーコミュニティの暦だ。

月に直結したヒジュラ暦と、太陽に限りなく近づきたいパールスィー暦、両極端に振りきった二つの暦をベースに、それを共存させる「多様性」という名のインドの壮大な「なんでもありっぷり」を2回にわたって紹介する。

ラマダーンは暦月の名前

ラマダーンというとイスラム教の断食期間という印象が強いが、実はイスラム教のヒジュラ暦第9月の月名である。意味は「断食の月」らしいので、ラマダーン=断食期間で間違いではないけれど。

前述したようにヒジュラ暦にはうるう日はないらない。つまり太陽の動きを考慮せずに純粋に月の動きに従う暦なのだ。なんでも季節との関係を断ち切っているらしい(ずいぶん思い切ったね)。

1ヶ月が29日の月と30日の月があり、1年で約354日となり、グレゴリオ暦より11日短い。このため、毎年2週間弱前倒しになり、365÷11=33.1818…となり、約33年で再び同じ期間(季節)にラマダーン月を迎えるサイクルだ。

新月が確認できた日から暦月が始まる

ヒジュラ暦の始まりは新月。その考え方時代は他の多くの太陰暦と変わりはないのだけど、面白いのは、実際に月を目視して、細い三日月が初めて確認できた日をその暦月の1日とすることだ。実際、今年のラマダーン月の始まりは、予定していた日に月が確認できずに見送るという事態になった。

ただ、ラマダーン月の開始が決まったタイミングで終了日も発表されたので、絶対に目で確認してからというわけではなく、月のサイクルの予測をある程度考慮しているというだと思われる。

月を基準にしているから当然ではあるけど、ヒジュラ暦の1日は日没から始まる。

新月の三日月は右向き?左向き?

とにかく月にこだわり、月との結び付きが強いイスラム教。そういえばイスラム教を信仰する国々や地域のシンボルとなる旗は三日月をモチーフにしたものが多い。

グーグルで検索してみると、こんな結果に。

三日月の向きに注目してほしい。右向きと左向きと両方ある(パッと見た目は右向きの方が多い)。

暦マニアとしては、この三日月はわざわざ目視して確認する月始めの新月を象徴しているのでは、と考えたくなる。
実際、「新月旗」とか「New Moon Flag」と呼ばれてもいるようだ。

でも、新月の三日月の向きは左向きではない。
たとえば、Wikipediaの「三日月」のページで紹介されている月齢2.6日の三日月はこれ。はっきり左向きだ。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:ComputerHotline_-Lune(by)_(9).jpg

イスラム教を信仰する多くの国が使用している右向きの月は一体何の象徴なんだろう。

ちらっとだけググって見たところ(つまりはっきりしたことはわからないのだけど)、三日月と星のシンボルは月始めの三日月というわけではなく、オスマン帝国の歴史にちなんでいて、戦場の血だまりに映った三日月からきているという話もあったりする。

でも、その場合は上下が逆になり、左右逆向きになったりはしない気がする。とすると、新月ではなく、満月からだんだん欠けいった新月直前の三日月(waning crescent)ということになる。それでいいの?

それとも、南半球から見た月なんだろか。いやそれも不自然だな。

では、なにか特殊な装置を使った場合、たとえば望遠鏡で見た場合はどうなんだろう。

と思って調べてみると、天体望遠鏡(ケプラー式望遠鏡)の場合は倒立像になり、180度回転するので、上下逆の像ではあっても月の形の場合は逆向きに近いものになると月世界への招待 >月の画像の向きについてというページで画像入りで紹介されていてなるほどと思った。

だけど実際のところ、左向きの三日月を使用する国旗が多いのがどんな理由なのだろう。
ご存じの方はぜひ教えて下さい!

2021年5月16日追記】

ラマダーン月開けの5月13日、断食明けの大祭Eid al-Fitrの夕刻にマドラスで見えた三日月。

実際にどのように細い三日月を観察してラマダーン月の始まりや終わりを決めているのかわからないけれど、よーく考えたら、新月辺りの月って太陽と向きがほぼ同じなので、現実的に見える月の向きとしたら真上になるんじゃないかな。

(きれいに左向きに見えるのは、月がちょうど正中(真上)に来る時で真っ昼間なので肉眼では実際には見えない)

Flag of Mauritania

ちなみに、北アフリカのモーリタニア・イスラム共和国の国旗に使われてる三日月は向きが真上。三日月旗にもいろいろあるんだね。

【追記ここまで】

月を二つに割って見せたムハンマドの奇跡

三日月の話ともラマダーンの話とも関係ないけれど、月とイスラム教の関係を調べていたら、こんな絵を見つけた。

イスラム教の創始者ムハンマドが起こした奇跡の一つで、月を指さして二つに割って見せたという。左上にぱっくり割れた月が確かに描かれている。

月は女性の顔のようにも見えるのだけど、イスラム教では月は女性なのだろうか?ヒンドゥー教では男性の神だ。丸い月だけど左に傾いているのが興味深い。

By Artist unknown – US Library of Congress https://www.loc.gov/exhibits/dres/dres1.html#obj182, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=4839891

イスラム教と月をキーワードに調べてみるともっと面白い話が見つかりそうだけど、ラマダーンの話に戻ろう。

ラマダーン月に食べる粥、ノーンブ・カンジ

「ラマダーンは断食の月」だから、食べ物を話をするなんて奇妙に感じる人といると思う。少々不謹慎かもしれないけど、でも、この時期にしか食べられない料理を味わえるのはイスラム教を信仰しない(私のような)人にとってもラマダーン月の「お楽しみ」なのだ。

日中の断食を破るつまりその日の最初に食べる食事はイフタール(iftar)と呼ばれ、テーブルに隙間なくご馳走が並ぶ印象がある。コロナ禍中の今年も、各料理店からさまざまなイフタールセットのデリバリーが注文できた。

イフタールの代表的な料理の一つにはハリームがある。その昔、濃厚でクリーミーなハリームの噂を聞いて、とにかく一度味わってみたくて、季節はずれのハイダラーバードで各所探し回った思い出がある(結局その時は食べられなかった)。ラマダーンの時期以外にも食べられる料理ではあるようだが、マドラスでは基本的にはラマダーン中にしかお目にかかれない。

さて、タミルのモスクでラマダーン中に作られるハリームでなくノーンブ・カンジ(நோன்பு கஞ்சி)。

「ノーンブ」は断食、「カンジ」は粥を意味するタミル語で、そのままずばり「断食粥」である。

断食はイスラム教徒だけが行うものでなく、ヒンドゥー教徒もよく行う。以前に書いた少女アーンダールがマールガリ月に行った願掛けは「パーヴァイノーンブ」と呼ばれ、断食を含むものだったようだ。ただ、日本でいう「断食」のイメージとは異なり、ヒンドゥー教の断食は全く食を絶つのではなく、決められたものを飲み食いする場合が多い。

「カンジ」は、英国植民地時代にその言葉が西洋に伝わり、コンジー(Congee)となったといわれるけれど、一般的にさらっとマイルドで食べやすく、まさに断食を破る食事(Breakfast=朝食)にはぴったり。西洋の人もなかなか目のつけどころがいいね、なんて上から目線だけど。

Nombu Kanji

ノーンブ・カンジは、米(ジーラガサンバーライス)と野菜や山羊の挽肉やらをとろとろになるまで長時間煮込こむ。一度に大量に作るモスクでは5時間かけて作るという。

スパイスはビリヤーニに使うものとほぼ同じようで、確かに風味はそれに近いものがあるけれど、味わいはあっさりとして、食べるというより流し込む感覚に近い。ふんわりとココナッツが薫るのも南インドの情緒を感じるし、とにかくじっとりと暑いマドラスの気候には濃厚リッチなハリームよりカンジの方が断然合っているのを体感する。

食べる前にレモンをきゅっと搾ってさっぱりといただく。

カンジの横に写っているのはデーツ(ナツメ)。 これをまず口にしてその日の断食を破ると、タミルムスリムの知人から教わった。

モスクで作るノーンブ・カンジは、イスラム教徒でなくとも味わうことができるようで、周辺の人にも盛大に振る舞われているらしい。写真のノーンブ・カンジは、数年前に撮影したもので、家に来てくれるムスリムの便利屋さんがモスクから鍋一杯(! )もらってきてくれた。

2021年のラマダーン月のノーンブ・カンジ作り事情に興味がある人は、↓のThe Hinduの記事も読んでほしい。
Sharing ‘Nonbu Kanji’ during Ramzan: Gruel for the fasting soul by Nahla Nainar from The Hindu

ほんのり甘いマラバールの白い断食粥

Thari Kanji

今年は、お隣ケーララ州のノーンブカンジ(断食粥)、タリカンジ(で表記は合ってるかな?アルファベットだとThari Kanji) を試す機会もあった。タミルのノーンブカンジと違うのは、ほんのり甘いこと。メインディッシュというよりデザート感覚の粥だ。

お粥といっても、米でなくラヴァ(セモリナ粉)が使われ、ケーララらしくココナッツミルクベース。

私が食べたタリカンジは、甘いといっても、パーヤサム(南インドのぜんざいと呼びたい甘味の代表)ほどではなく、ほのかに塩味も効いていた。

今年のように暑い真夏のど真ん中にあたったラマダーンは、月を眺めながら、カンジのように「飲むイフタール」がちょうどいいくらいかもしれない。でもそれだけじゃ日中を乗り切れないね。

来年2022年のラマダーンは4月2日〜5月2日が予定されている。もちろん、これはあくまでも予定で、新月をちゃんと確認してラマダーン月がスタートする。

その時には、モスク内でのイフタールも復活できるくらい(新型コロナの感染拡大中の今年はモスク内での飲食はなしで、カンジの「テイクアウト」だけだったようだ)世の中が落ち着いていてほしいと心から祈っている。

次回のちら見せ

次回は太陽に限りなく近づきたいパールスィー暦を紹介するけれど、こんな絵なども登場する予定。

ほんとなんだろうこれ(でもすごく好きな世界観だな)。

Sconosciuto, vissuto nel XVIII secolo, Public domain, via Wikimedia Commons
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