ボイシャク25とタゴールのパフスリーブ

「ボイシャク25」とは、今インドで話題のグループの名前などではない。またタゴールはパフスリーブを着たりはしなかった(と思う)。

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今年はタゴール生誕160年

昨日(5月9日)がラビンドラナート・タゴール(1861年5月7日〜1941年8月7日)の誕生日だと、前日の夜までまったく知らなかった。

タゴールといえば、インドを代表する詩人、アジア初のノーベル賞受賞者、インドの国歌を作った人などなど、偉大すぎる人物像から、なんとなく遠巻きに見ていた。というより、今一つ自分と接点がなかったからという理由の方が大きいかもしれない(マドラスとベンガルは距離的にもかなり離れているからね)。

ところが、ロックダウンに入ってから、急激にサリーに目覚め、その歴史を調べてはじめてから、タゴール家の存在感が自分の中で一気に増してきた。なぜなら、現在インド各地で見られるごく一般的なサリーの巻き方、Nivi Drape (niviとは”新しい”の意)は、タゴールの兄嫁Jnanadanandini Tagoreが、家の中でなく外でサリーを着るために19世紀の終わりに考案したものだと言われているからだ(その辺りの話については機会があればあらためて書きたい)。

How To Drape a Sari: No. 83 Nivi Drape – West Bengal, India

5月7日がタゴール生誕日ってわけではないの?

冒頭で「5月9日がタゴールの誕生日」と書いたけれど、Wikipediaなどに書かれているタゴールの生誕日は1861年5月7日。

5月7日が誕生日というわけではないの?

タゴールの出身地であるベンガルの暦は、太陽が春分点に戻ってくるサイクルである太陽年(西暦)を用いたグレゴリオ暦でなく、決められた恒星の座標に太陽が戻ってくる恒星年を用いている。前回の記事に書いたけれど、インドで用いられる恒星年暦は1000年に半月(約15日)の速度で後ろにずれているので、160年前の5月7日は、2021年には2日ほど遅れて5月9日になっているというわけだ。

でも単純に1日づつずれていくというわけでなく、ベンガル暦の細かな決まりの関係で、日にちが前後することが数十年単位で続いている。

というわけで、タゴールの誕生日は、ベンガル暦ではボイシャク月の25日。2021年は5月9日にあたる。

タゴール生誕日は、”Tagore Jayanthi”、”Rabindra Jayanti”などといった呼び方もあるけれど、地元では、”25 e Baisakh /(Pachishe boisakh )” つまり「ボイシャク月25日」と日にちそのものが生誕を記念する名称にもなっている。ベンガル暦とタゴールの密接な関係は興味深いし、記念日が数字で呼ばれるというか、日にちそのものが神様や人物の記念日の名称になっているケースって珍しい気がする。なんだかカッコいい。

「ボイシャク月25日」と日本語にすると長ったらしいので、私は今後「ボイシャク25(にじゅうご)」と呼ぼうと思う。

でも、本場の呼び方もマスターしたいので、どなたかベンガル語”Pachishe boisakh”の正しい読み方を教えて下さい!

ところで、ヒンドゥー暦では通常、チャイトラ月が第1月になる。だが、ベンガル暦は例外的に第2月ヴァイシャーカ月にあたる月名(ボイシャク)が第1月となる。ベンガルだけでなく、アッサムやオディシャ、ネパールの暦でも同様。ベンガル暦は新月基準のアマーンタ暦法に分類されているけれど、アマーンタより2週間ほど早くなる満月基準のプールニマーンタ暦法の月名に従っているのではないかと個人的には考えている。

ボイシャク24に届いたタゴールのパフスリーブ

ということでここからようやく本題です。

本当に偶然だったのだけど、タゴールの誕生日であるボイシャク月25日の前日(2021年5月8日)の「ボイシャク24(にじゅうよん)」に、待ちに待っていたものがベルガルの大都市カルカッタ(コルカタ)から届いた。

写真にはブラウスは入っていない。ブラウス以外にもいろいろと注文した。

3月末にコルカタのファッションデザイナーParomita Banerjeeさんにデザインしていただいた、タゴール家好みのサリーブラウスができあがったのだ。

スタジオがあるコルカタでも、コロナ感染拡大の深刻な影響を受けており、大変な状態のなか、素晴らしいブラウスを仕立てていただいたことに深く感謝している。

まずこちらがパロミタさんのデザインスケッチ。3案の中から、今回は① タゴール家の女性達が好んだ長めの袖+ゆるやかなパフスリーブで襟端がフリルになった通称ビクトリアンブラウスと、③ベンガル伝統のパフスリーブブラウス(といっても、サリーの下にブラウスを着用しはじめたのは19世紀以降なのでベンガル独自というわけでなく西洋の衣装の影響も受けている気がする)Ghoti haataをオーダー。

そしてこちらが完成したブラウス2着!左は手織りのコットン、右はシルクのジャムダニ織り。

袖の部分の拡大写真も。

タゴール作品に登場する女性たちが纏うサリー

そもそもなぜタゴール家好みがほしかったのか。

Stories By Rabindranath Tagore(2015年Epicチャンネル制作)という、タゴールのさまざまな小説をつないだドラマシリーズをNetflixで見つけたのがきっかけだった。多分2月の終わり頃だったと思う。

Stories By Rabindranath Tagore | Concept Promo

女性を主人公にした話が多く、ほぼ全員がサリーを着ていて、Nivi Drapeでなく、ベンガル独特のサリーの着こなしに魅せられた。

動画のサムネイルに使われているブラウスなしで白いサリーを纏う女性の腰の辺りに注目してほしい。サリーを両サイドから後ろに折り込んでいる。これがベンガルスタイルの大きな特徴のように思う。Nivi Drapeのように前でプリーツは作らない。(その昔、女性は配偶者を亡くしたら白いサリーを纏うというしきたりがあり、ピアノを弾いている女性は若くして未亡人になったという設定。あまりに大胆すぎる装いに驚いた)

ベンガルスタイルを正面から見たらこんな感じ。サリーの下に着たブラウスは、ふくらんだ袖やフリルやあしらわれたデザインが特徴的。←真似したくなった!というわけ。

下の写真はすべてNetflixのStories By Rabindranath Tagoreより。

ドラマの時代設定は19世紀後半・20世紀初頭の英国植民地時代。当時ベンガル地方で流行っていたスタイルのブラウスを遙か彼方のマドラスで手に入れるのは至難の業だ。パロミタさんのオンラインショップでタイミングよく普段着仕様のベンガルコットンサリーの取り扱いがあり、まずはベンガルコットンのサリーを手に入れようと落ち着いた色合いの格子柄+赤い縁模様のサリーを選んで購入。届いた時の興奮をInstagramに思わず投稿した。

その投稿に気づいてくださったパロミタさんご本人から、タゴールスタイルのブラウスを作れますよと声をかけていただいたのが今回の「タゴールのパフスリーブプロジェクト」がはじまり。なんという幸運!

左肩で小さな羽根のように揺れる魅惑のパッルー

NetflixのStories By Rabindranath Tagoreより

Netflixのタゴールドラマ “Stories By Rabindranath Tagore” に登場するサリーの着こなしで目に留まったのが、左肩の上に羽根のようにちょこんと見える短めのパッルーの先。正面から見た姿でも、ボディ部分を左肩からかけ、パッルーの部分を後ろから前に持ってきて再度左肩にかけているのがわかる。

NetflixのStories By Rabindranath Tagoreより

横から見るとこんな感じ。ちょこんと左肩にのせてあるパッルーの先の部分が、上の写真のように走ると羽根のように揺れるのがなんともかわいらしい。(ドラマには、パッルーの先に家の鍵を巻き付けて重しにしているマダムも登場する)

インド各地のサリーの巻き方を動画をまとめた”How To Drap a Sari” シリーズで紹介されている西ベンガル州の巻き方の一つNadia Drapeは、中流〜上流家庭の女性達に広く浸透していたらしい。ドラマに登場する巻き方もこのバリエーションだと思った。

この動画のNadia Drapeでは、パッルーの先を最後に右肩に垂らすけれど、ドラマの巻き方は、パッルーの先をそのまま左肩にもってくるのだと思う。

タゴール家の女性達は実際サリーをどう着ていたのか

ドラマの着こなしは大いに参考になる。でも、実際タゴール家の女性達はどんな風にサリーを着ていたのだろうか。写真はいろいろと残っているけれど、そのものずばりタゴール家の女性達について書かれた” Women of the Tagore Household”という本の表紙は、サリー姿の女性の正面と横面というサリーマニアにとってはなんとも理想的な写真(後ろ姿もあったらもっと最高だけど)!

Women of the Tagore Household by Chitra Deb, Translated By Smita Chowdhry & Sona Roy

ドラマの素朴な印象とは違い、かっちりとドレッシーにサリーを着こなしている。写真を見る限り二人とも、プリーツは前に付けず両サイドから後ろに入れ込んでいて、パッルーの先は左肩にブローチのようなもので留めて後ろに垂らしているように見える。つまり着方自体はドラマと同じ。

だけど実際に着てみたら、私の不器用な手では、写真のようなパッルーの美しい曲線にはほど遠いものとなった。

でも何度も練習してどうにかマスターしたい!な。

この二人の女性の名前は、”Geeta Chatterjee”(左)と”Deepti Chatterjee”(右)。この本にはタゴール家のそれはそれは膨大な家系図がまとめられていて、二人がタゴールと正確にはどういう関係なのか追いきれていない。でも恐らく、タゴールの甥の後妻の姪なのではないかと思う(違うかも)。

タゴールのパフスリーブを着てみました!

というわけでこのブラウスを実際に着てみました。

ビクトリアスリーブがほとんど見えていないので別カットを。

書き忘れてたことをもう一つ。
パロミタさんのサリーは、その昔パッルーの先に家の鍵をくくりつけて重しにしていた名残を感じさせるような羽根つき。
もちろん鍵ほど重くはないけれど、見た目が愛らしいだけでなく、肩にかけた時にほのかに布のすべりを留めてくれるような存在感が嬉しい。

短いパフスリーブのGhoti haataを合わせたペパーミントグリーンのサリーも、パロミタさんのお店で購入。

いつか自由に旅が出る状況になれば、オンラインショッピングでなくぜひ直接訪問したい。

Paromita Banerjee
www.paromita-banerjee.com
https://www.instagram.com/paromitabanerjee/

やっぱりベンガルの地で着なくちゃね

タゴールドラマを観ていてなぜか何度も浮かんできた言葉。それは──

「情念」

ベンガルの雄大な土地に、人々のあらゆる「情念」が織り込まれるように宿っていて、観ている私もいつしかそこに包み込まれていくような感覚に陥った。

それは以前、”CALICO キヤリコ:インド手仕事布の世界“さんのお店のベンガルコットンのストールを纏った時の感覚に近いかもしれない。ふんわりとどこまでも柔らかいのだけど、まるで人肌のようなぬくもりと湿度のようなものさえ感じられて、生きているような気さえした。

こんなすごい布を生む土地にいつか行ってみたいとその時にも感じたけれど、今回のつながりでさらにその想いが濃くなった。

やっぱりベンガルサリーはベンガルの地で着てみたい。

どうか1日も早く、世の中が平安と平和を取り戻し、自由に行き来できる日が再び来ますように。

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