恋する乙女のスイートポンガル

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ポンガル──勢いよく茹でこぼして吉兆を願う

タミル暦の10番目の月にあたるタイ月(1月中旬〜2月中旬)の初日(今年は1月15日)は、太陽の神に豊作を感謝する収穫祭、タイポンガルの日。この日から太陽は北に向かうとされ、新米と豆を牛乳とジャガリー(未精製糖)で煮た甘い粥(スイートポンガル=サッカライポンガル)を作り、神に捧げる。ポンガルにはタミル語で「茹でこぼす」、「沸き立つ」という意味があり、あふれてこぼれんばかりの豊穣と吉兆を願って勢いよく茹でこぼす。

スイートポンガル、お粥といっても少し固めで、その存在感は少し日本のおはぎに似ているかもしれない。ポンガルには胡椒をピリッと効かせたスパイシーなヴェンポンガル(ヴェンとはタミル語で白という意)もあり、こちらは朝食の定番として一年中食卓に登場する。1年のこの時期だけ食べるジャガリー色(ダークブラウン)のスイートポンガルとは、味も見た目も対照的。特に色が濃く味も濃厚な、Paggu Vellamと呼ばれるジャガリーが好んで使われる。

実はこのスイートポンガル、タイポンガルの4日前、タミル暦の9番目の月、マールガリ(12月中旬〜1月中旬)の27日目にも各家庭やヴィシュヌ神を祀る寺院で作られる。一人のある少女のために。

神の花嫁になると誓った少女アーンダールの恋歌

少女の名はアーンダール。8世紀頃(9世紀とも)実在したといわれる宗教詩人で、ごく幼い頃からクリシュナ神に恋し、神の花嫁になると決め、その祈願をマールガリ月30日間の各日に合わせた30首の美しい詩、Thiruppavai(ティルッパーヴァイ)に込めた。マールガリはクリシュナ神が最も愛した月。今でもマールガリは神への祈りの月とされ、結婚式など個人的な催事は控え、代わりに古典音楽や古典舞踊のコンサートや舞台が毎日行われる。女達は、日の出前に米粉で玄関前に鮮やかな吉祥模様コーラムを描き、その日のためのティルッパーヴァイを歌うのだ。

祈願の成就が近づいたマールガリ月27日目の詩に、スイートポンガルが登場する。月の始めから断食(完全に食を絶つわけではなく、フルーツや限られた食品を摂る)と節制を続けていたアーンダールと仲間の少女達は、神の元に集まり、神を讃え、美しく着飾って、スイートポンガルを食べると歌うのだ。

スイートポンガルを食べましょう。

ギーはたっぷりと、一口つまんだ指から腕を伝って肘まで垂れるほどに。

そうしてみんなで一つになりましょう。


なんと甘美で官能的な詩でだろうか。断食をしていたアーンダールにとって、ポンガルの甘さは神への愛と相俟って、とろけるような快感となったに違いない。ギー=クリシュナ神とも捉えられるし、これこそ究極のLovEat。

マールガリ月最終日の伝説とせつない甘さ


マドラスでは、マールガリ月の最終日に、横たわるお姿のヴィシュヌ神であるランガナータ神(クリシュナ神はヴィシュヌ神のアバター)と結婚したアーンダールは、そのまま神の住む国へ旅立ったと伝えられる(伝承は地域によって異なる)。その時彼女はわずか15歳だったとか。タミルの人々は今も彼女を愛し、ヴィシュヌ神を祀る寺には必ず彼女も一緒に祀られている。

それほどまでに神に恋いこがれるという感覚は、異なる文化圏から来た私にとっては正直奇異にも映った。でも、天上の甘露のようなスイートポンガルの描写には心が躍る。その禁断ともいえる甘さを口にした時、激しく短い彼女の一生に思いを馳せて、ちょっぴりせつない気持ちにさせられるのだ。

※イメージ写真は、マドラスで一番大きいヴィシュヌ寺院、トリプリケーンにあるParthasarathy (パーラッタサーラティ)寺院のスイートポンガル。

2020/12/17追記:アーンダールが実際にThiruppavaiに書いているのは、実はスイートポンガルでなく、厳密にいうとアーッカラアディシルという少し異なる料理であったことが後にわかった。詳しくは以下のリンク記事を参照。

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