【インド】カリーぐるぐるの道 序章 19世紀のタミル料理ファイブスター

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ロットラー先生のタミル語・英語辞典

タマリンド、黒胡椒、塩、マスタードシード、クミンを並べてみたら、
当たり前だけど、ものすごく地味だった。

白から黒へのナチュラルなグラディエーションに、枯れた美しさが感じられるとも言えるけれど。

これは、1834年、フランス人宣教師&植物学者Johan Peter Rottlerがマドラスで編集・出版したタミル語・英語辞典 “A Dictionary of the Tamil and English Languages”に登場する当時のタミル料理五大調味料だ。

関係ないけど、ロットラー博士の名前はなぜかニラの学名Allium tuberosum Rottler ex Sprengにもなっている。ニラはマドラスには生えてない気がするけど、どういう関係だろう。

A Dictionary of the Tamil and English Languages, Vol. I, Part I,Rottler, J. P. Rev., 1834

「「五三(ごさん)」があれば、(十分な料理経験のない)若い娘だってカリーを作れる。
அஞ்சுமூன்றுமுண்டானாலறியாப்பெண்ணுங் கறியாக்கும்  

※原文は単語同士がくっついているので、分解すると”அஞ்சும் மூன்றும் உண்டானால் அறியாப் பெண்ணும் கறியாக்கும்”となる。

奥さんが作った料理にケチをつける時に旦那が使うきまり文句が当時あったらしい。

しかし、なぜこの成句が選ばれたのだろう。

ロットラー先生、日常生活になにか不満でもあったのだろうか。

ま、それはいいとして、
料理の基本になる「五三」とは、料理に必要な5つの調味料と3つの基本要素のことを示している。

19世紀前半、唐辛子はまだちょい役だった?

上のきまり文句をかみ砕いて言うと、こんな感じだろうか。

カレーなんてさ、
タマリンド、黒胡椒、塩、マスタードシード、クミンに、
水と火と薪さえあれば
誰でも作れるんだよ!

これじゃあケンカするのには長ったらしくて不便だろう。

日本の家庭にあてはめるとどうなるか。

料理なんてさ、「さしすせそ」の順番で作ってれば誰でもおいしくできるんだよ!

うーん。これもいまいち。

やっぱり啖呵はキレとパンチがなくちゃね。

それにしても、水と火と薪が料理に必要なものに入っているのが、えっ、そっから数えるんだ?!という驚きもあるけれど、なんだか料理=錬金術っぽい図式も感じられる。

左上からタマリンド、黒胡椒、塩、マスタードシード、クミン

さて、この五大調味料という名のタミル料理ファイブスター。もちろん、今でも現役である。
でもやはり、ここに唐辛子が入ってないと、なんかしっくりこない。あと、ターメリックも。
個人的にはコリアンダーシードもほしい。
スパイス以外でタマリンドは百歩譲ってわかるとしても、塩まで入れちゃってるのはなぜだろう。

いやでもスパイスでなく調味料というか「味の決め手」として考えるとこれでいいのかな。

塩に関しては、数十年前までは、パウダー状の塩でなくロックソルトが基本で、水に溶かして使っていたという話をタミルの田舎町で聞いた。他の土地でも多かれ少なかれ同様の状況だったのではないだろうか。

で、インド料理である意味一番大事なのではと思う油分はどこいった?おーい!

ご存じのように、唐辛子はインド原産ではない。でもインドに入ってきて数百年は経ったはずの19世紀でも、タミル料理ではまだ主役ではなかったといえる。

辛味としては、黒胡椒びいきが根強かったのだろうか。

19世紀の唐辛子料理 ボージャナクラダー

唐辛子も全く使われてなかったわけではなく、ロットラー博士の辞書にはこんな料理も登場する。

A Dictionary, Tamil and English, Part III. and IV. by Rottler, J. P. Rev., 1839

「ボージャナクラダー」という聞いたことのない唐辛子のピックルで、ウールガーイやムラガーイと同様とあるのだけど、ムラガーイは唐辛子のタミル語ミラガーイそのものを指すと思われるので、ウールガーイ(オイル漬け)と考えたらいいのだろうか。でも、別のタミル語辞典には、唐辛子のトガヤルとも書かれていた。トガヤルはディップ状でチャトニーに近い。

検索してみると、クラダーでなくチェッティナードゥ料理のコラダーがたくさん登場。

チェッティナードゥ界隈でコラダーって聞いたことがないと思って調べてみると、どうやらDangar(ダーンガル)チャトニー=コラダーとされているようで、あ、それならカーライクディのヘリテージホテルThe Bangalaで食べたことあるぞと思い出した。

The Bangalaのレシピ本The Bangala Table – Flavors and Recipes from Chettinad (←Amazonのページに飛びます)を見てみると、Dangarの本家はアーンドラ料理のようなのでもう少し調べてみると、こんなレシピを発見。

Bhojana Korada Dip- Andra special(←インド版Cookpadページに飛びます)

その名もずばりボージャナコラダーで、トマトと赤唐辛子たっぷり、塩、ヒーング少々をミキサーにかけたディップだった。
これがどれくらい彼の地で一般的な料理なのかはわからない。

どちらにしても、ロットラー博士の辞書に登場する唐辛子料理ボージャナクラダーもピックルというよりチャトニーに近いものではないだろうか。
「ボージャナム」はサンスクリット語からの借用語で、「食事」を意味する。

と、話が少々横道にそれてしまった。

タミル語で胡椒はミラグで、唐辛子はミラガーイ。カーイは野菜を表す。要するに胡椒の野菜版であり、ロットラー博士の辞書の説明にもsmall capsicum(小さなピーマン)と説明されていて、19世紀前半にはスパイスというより野菜寄りで、脇役的に料理のアクセントとして使われていたのかもしれない、とも考えたりする。

ちなみに19世紀末にマドラスで出版された南インド料理本”Hindu Pakashastra”では唐辛子は黒胡椒を差し置いてばっちり主役入りしている。

「五つの仕切り箱」と呼ばれ続けるスパイスボックス

スパイスボックスは、タミル語で「アンジャラペッティ」と呼ばれる。アンジャラは数字の5(アンジ)、ペッティは箱という意味で、五つの仕切りがある下の絵のような箱が使われてきた。今でも骨董品屋などで扱っている。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:அஞ்சறைப்பெட்டிஅஞ்சறைப்பெட்டி2.svg

見ての通り仕切りは均等ではないので、現在ではこんな感じのスパイスボックスが一般的だ。7種類のスパイスを入れられるようになっている。

でも、タミル語ではこれも「アンジャラペッティ」。仕切りの数は今となっては無関係なのだ。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:அஞ்சறைப்பெட்டி.jpg

このスパイスボックスもたまたま黒胡椒優勢だけど、現代でも唐辛子の影が薄いというわけではない。

唐辛子は大きいので別の容器に入れて使われることが多い。たとえばこんな感じ。

この地方では、細長い唐辛子でなく、サクランボのように丸いRamanad chilliが使われる。

こちらはお宅では、こんなカッコいいアンジェラペッティが現役で大活躍していた。

そういえば、(広い意味で)ベンガル地方で使われるPanch phoronは、まさに「5つのスパイス」という意味だと思い出した。
そちらは、フェヌグリーク・ニゲラ(カロンジ)・クミン・マスタード・フェンネルというラインナップ。

あ、ここにも唐辛子は入ってないね。

そして「カリーぐるぐるの道」は続く

さて、この辺で、タイトルにつけた「カリーぐるぐるの道」について説明しておきたい。

割と思いつきで考えたので、シリーズ化するかどうかはまだわからないけど、
言葉通り「カリー」へと続く寄り道&廻り道にしていきたい。

でも、なぜカリーなのか?

今いちどロットラー先生の選んだ夫婦げんかのきまり文句に登場していただこう。

「五三(ごさん)」があれば、(十分な料理経験のない)若い娘だってカリーを作れる。
அஞ்சுமூன்றுமுண்டானாலறியாப்பெண்ணுங் கறியாக்கும்.

ねえ、カリーってなに?おいしいの?

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