【はじまり】私、ココアナッツですの。おほほ
その昔、イギリス領インド帝国マドラス管区の首府マドラスだった、現在の南インド、タミル・ナードゥ州の州都チェンナイ。19世紀の終わりに、マドラスに駐留していたイギリスの軍人アーサー・ロバート・ケニー・ハーバートが書き、チェンナイに今も残る老舗書店から出版された料理本“Culinary jottings for Madras”(リンクをクリックするとAmazonのページにジャンプします) を読んでいると、見慣れない単語が目についた。
“cocoanut”
たとえばこんな感じ。
“cocoanut “とは、どうやらココナッツ(coconut)のことらしく、上は、要はココナッツチャツネのレシピ。(“an atom of garlic”の“atom”は、ここでは「ごく少量」という意味だと知った。面白い言い回しだな。ほんとに隠し味程度に入れるってこと?)
ココアナッツ、かぁ。
最初に見た時は、あまり深く考えず、単に「ココナッツ」より優雅で古風な響きだなと思った。
[a]が入ると、ワンピースにレースの襟をつけて、ちょっとかしこまったような、そんな印象。
1925年11月のDromedary Cocoanut社の雑誌広告。感謝祭向けに「ココアナッツ」カスタードパイのレシピ付き(おいしそう!)。ココアナッツクリームの缶にもはっきり”COCOANUT”と記載されているのが読みとれる。
【疑問】”あの”有名英語辞典のうっかり校正ミス?!
でも、なぜ“cocoanut”は“coconut”に表記が変わったのだろう。
調べていると、1914年10月にハワイの農林委員会から刊行された季刊誌に掲載されている、「The Spelling of “Coconut” (ココナッツのスペル)」という記事に遭遇。
「猿の顔に似ているから」と、さらっと書いてあるココナッツの語源の話は置いといて、この記事によると、英国文学界の大御所中の大御所、サミュエル・ジョンソン博士が、“A Dictionary of the English Language(英語辞典)”を編纂中、”Coconut”の見出しを誤って”Cocoanut”としてしまったのを校正担当者が見過ごし、そのまま植字&刊行してしまったというのだ。
植物学者で冒険家、20世紀初頭にフィジー総督やスリランカ総督代行もつとめたEverlard im Thurnが、イギリスの王立園芸協会でしたというこの話、当時の複数の新聞が報じている。
長らくそのままになっている校正ミス&誤植として、南半球は豪州タスマニア島の新聞でも報じられている。『英語辞典』の初版が刊行されたのが1755年で、ジョンソン博士が亡くなったのは1784年。150年経っても、一度定着してしまった間違いはそうそう改められないというわけだ。
でも、本当に単なる校正ミスだったのだろうか。
1755年に発行された『英語辞典』の初版を見てみよう。↓
ココアナッツのスペルをめぐって
賛否両論&愛憎のあれこれ2世紀分。↓
すっかり「ココナッツ」が定着した21世紀に
再登場したココアナッツ。↓