はじまりは藪の中で
これなんだろう?悪魔の実?
たまたま実家に長期帰省中だった2021年秋のこと。
世の中はまだコロナ禍にあり、
実家周辺の草花を観察しながら歩くのがささやかな楽しみだったある日、
藪の中になんとも奇妙な実を見つけた。
メタリックというか、ちょっとパールがかった艶のある球体に、
真っ赤な粒粒がびっしりくっついて、
地味で無難なはずの藪には不釣り合いの、
圧倒的な「毒々しさ」と「奇抜さ」を放っている。
これ絶対ヤバいやつ、だよね?
なにより、「自分の縄張り」的な実家周辺に
突然見知らぬ異様な物体が現れたという事実に
かなり動揺した。
とにかく一刻も早く正体を知らなければ。
急いで「赤い秋の実」をググったら
割とあっけなく見つかった。
正体はサネカズラ
その植物の名はサネカズラ。
日本原産で、古くは古事記や万葉集にも登場するらしく、
学名にも”japonica”がついている。
ということは、明らかに私の方が物を知らない新参者で、
どちらさまですか?(あなた誰?)
とは本来向こう(サネカズラ側)の台詞である。
各種図鑑の情報をまとめてみるとこんな感じ。
サネカズラ
分類: マツブサ科サネカズラ属
常緑つる性の低木。通常は雌雄異株、まれに雌雄同株や雌雄両全株もあり
学名: Kadsura japonica (L.) Dunal
和名: サネカズラ (真葛)
別名: ビナンカズラ(美男葛)など
※Wikipediaのサネカズラの項には多数の別名が記載されているが、実際に使用されていた名称かどうか検証できず
中国名: 日本南五味子 (南五味子)
原産・分布: 日本本州(関西以西)、四国、九州、台湾、韓国済州島など
開花期: 8〜10月
花の特徴: 淡い黄色。直径は1.5〜2cm。雄花の中央に赤い雄しべの集合体、雌花の中央に黄緑色の雌しべの集合体が見られる
実の特徴: 丸い集合果。秋に赤く色づく(結実期は10〜11月とされるけれど、 未熟の実は7月終わりくらいから見られる)
茎の特徴: 粘液を含み、かつては鬢付け油の代用品(整髪料)として使用
古事記の記載: 佐那葛の根を春き、其の汁の滑を取りて、其の船の中の賞椅に塗り
(サネカズラの根を搗き、粘液を取って、船の中のすのこに塗った)
万葉集より: さね葛 後逢はむと 夢のみに うけひわたりて 年は経につつ
(実葛の蔓が絡まり合うように、後で逢えるよう夢の中で祈り続けているだけで、
年月が経ってしまいます)
柿本人麻呂 巻11-2479 など 他にも歌あり
サネカズラは、
日本で収集した植物標本をオランダに持ち帰った
ドイツ人医師・博物学者フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796-1866)が、
ドイツ人植物学者ヨーゼフ・ゲアハルト・ツッカリーニ(1797〜1848)の協力を経て、
1835年から1870年にかけて少しづつ刊行した
植物図鑑『Flora Japonica (日本植物誌)』(150図収録)にも登場する。
私が目撃したのは、花托がふくらんだ状態の熟した集合果らしい。
調べていて心惹かれたのは、花の美しさ。
うつむき加減に咲く、ぽってり肉厚の花は薄黄色。
その中央に、真っ赤に色づいた、まあるい雄しべの集合体が映える。
サネカズラの花を見たい!
来年は少し早めに帰省しようと心に決めた。
逢えずじまいの2022年
はりきって9月下旬に帰省したら、
すでに花の時期は過ぎて結実していた。
(と思い込んでいただけで、この時期にも花が咲いていたと後でわかった)
こうして見ると、実もなかなかにかわいい。
ようし来年こそは!
ひたすら藪を睨み続ける2023年夏
2023年は7月中旬に帰省した。今年は絶対花を見逃すはずがない。
さっそく藪を覗いてみるも、ここで一つの問題が発生。
赤い実でもないと、どれがサネカズラなのかわからない!
サネカズラは蔓植物であり、他の木に絡まった状態で生えている。
鬱蒼とした藪の中に完全になじんでおり、他の植物との区別がつきにくい。
藪を睨んではため息をつくだけの、空振りな日々が続いた。
そしてある日。とにかく目を凝らしていつもより眼力強めに凝視したところ……
やっと逢えたね
繁みの中の小枝の先に、若緑色の球状の物体をいくつか発見!
蕾に違いない。
それからは毎日、今日は咲いてないかなと確認する日々が続いた。
そして7月末。
ついに花が開いた!3年越しのご対面!
なんて可憐なんだろう。
でもイメージしていたよりもずっと小さい。
葉っぱの陰に隠れているし、
こりゃ気がつかなかったはずだよね。
よく見ると、奥の方にも花が咲いていた。
前年、花を見つけられなかったのは、
単に私の観察力が足りなかったせいらしい。
牧野日本植物図鑑ではモクレン科
花をじっくり観察してみる。
熟した野いちごのようにも見える、丸くふくらんだ雄しべ集合体を
大切に守るように、肉厚の黄色い花びらが囲む様子が愛おしい。
牧野日本植物図鑑(1940)と同増補版(訂正版)(1956)では、
サネカズラはモクレン科に分類されている。
その後マツブサ科に分離した模様。
確かに、花びらの形や質感やも、モクレンの花をそのまま縮小したような佇まいではある。
ついに雌花も現る
こうして、雄花や実を観察することが日課になったのだけど、
疑問があった。
サネカズラには雄花と雌花があるはずなのに、
なぜ目につくのは雄花ばかりなのだろう。
そして、雌花を見かけないまま、
でも確実に実の数が増えているのはなぜなのだろう(しかも雄花が咲いてたはずの場所に)。
一体雌花はいつどこに咲いているの?
花を私が知らない間に咲いて次々と受粉しているということ?
(ってことは雌雄同株?)
それとも、単に私の頭が悪いの?
まったく謎はとけないまま、9月の終わりになってようやく雌花とご対面。
黄緑の雌しべ集合体が淡黄色の花びらと同系色でさわやかなイメージ。
(丸まったアルマジロにも似てる気がするけれど)
この雌しべたちは受粉後、鹿の子状の実になって藪の中に君臨するわけかー。
世界のサネカズラファミリー
サネカズラ属は、サネカズラを含めて17種ある。
そのうち日本に自生するのは、サネカズラと、
2017年に別種だとわかった(発見されて100年も経っていたらしい)という
リュウキュウサネカズラの2種。
海外のサネカズラ属の植物たちはなかなか個性的。
たとえば、中国南部やベトナム、ラオス、ミャンマー、タイなどに自生する
サネカズラ・コッキネア(Kadsura Coccinea/Black tiger/黒老虎)の実は、
大きなものだと10cm以上にもなり、熟すと甘く、食べられるらしい。
迫力あるなー。
ちなみに、インドにも、Kadsura heteroclitaなど、サネカズラ属の植物が自生している模様。
さて、我らがジャポニカ種の話に戻ろう。
美男葛を美男の神様に
サネカズラの別名は美男葛(ビナンカズラ)。
樹皮を剥いで茎を水につけておくと粘りが出るので、
武士が髷を整える際に使う整髪料として用いたことでその名がついたという。
(実験してみたけど、うまくいかなかった。枝が細かったのかな?)
2023年の9月6・7日は、ヒンドゥー教の神様、クリシュナ神の誕生日だった。
ちょうどその10日ほど前に偶然クリシュナ神の石像を実家に迎えたので、
誕生日に、藪で摘んだ美男葛の花をお供えした。
クリシュナ神といえば、
1万6000人もの妻(愛人)がいたといわれるハンサムなモテ男。
サネカズラという言葉自体、
万葉集では、蔦が絡まり合う様から「後で逢う」という意味で用いられたり、
百人一首では、少寝(さね=男女が一緒に寝ること)の掛詞として使われており、
もともと艶っぽいイメージがあるらしい。
毎年、お誕生日あたりに花が咲くというのも、偶然とはいえ、
これほどクリシュナ神にぴったりな花はないのではない気もしてきてたのだけど、
どうだろう。
サネカズラ・ミニギャラリー
最後はサネカズラミニ写真ギャラリー。
下向きに咲くせいか、今ひとつうまく撮影できないのが難点。
左から蕾、花(雄)、実の第1段階
左から実の第2、3、最終段階
左から実の集合写真、未熟の実&蕾&花の集合写真、花&蕾の集合写真
来年は、ぜひとも雌花の謎を解明したい。