12ヵ月のうちでどの月が好き?
四季のうちでいつが好きかという質問は割とよくあると思うけれど、何月が好きかという質問はあまりされた記憶がない。
でも、日本のようにはっきりした四季のないマドラスで過ごすうちに、季節より月を意識するようになってきた。
私が一番好きなのは、タミルの地が華やかに美しく彩られるタミル暦9番目の月マールガリ(Margazhi)。
日本を含め世界各地で用いられているグレゴリオ暦では、現在のところ12月中旬から1月中旬にあたる(インドもグレゴリオ暦にしたがっているが、祭日などは太陰太陽暦を用いる。ここでは詳しく述べないけれど、タミル暦とグレゴリオ暦は毎年8〜9分ずつずれているらしい)。
マールガリ月は神の月とされ、結婚式や引っ越しなど、人間に関係する行事は控える。その一方、たとえばタミル・ナードゥ州の州都であるチェンナイ(旧マドラス)市では、この月の間は町の至るところで古典音楽や古典舞踊のコンサートや舞台が連日開催され、ユネスコの創造都市(音楽分野)に認定されているほど。もっとも食いしん坊の私の目当ては、ステージそのものもでなく、会場に併設される期間限定の食堂(sabha canteen)だけれども(残念ながら2020-2021のマールガリ月は新型コロナでそんな風情も様変わりしてしまった)。
そしてなにより心惹かれるのは、毎朝家の前に描かれる吉祥文様コーラムが、マールガリ月に入ると、蕾が花開くように、いきなり大きく華やかに(多くは極彩色に)なることだ。それは1月中旬に行われるタミル最大の収穫祭ポンガルまで続く。
そもそもなぜマールガリ月は特別なんだろう。
数年前から疑問に感じ、タミル人に聞いてみたり、自分でも調べてみるなどしてきた。
そこで共通して返ってくる答えの一つは、
クリシュナ神が「私はマールガリ」と言って、最も愛した月だから。
確かに、と思い出すのは、「恋する乙女のスイートポンガル」で書いた9世紀頃の詩人アーンダールのこと。
乙女の誓いとタミル暦マールガリ月
アーンダールは、幼い頃からヴィシュヌ神に恋い焦がれ、花嫁になると心に決め、ヴィシュヌ神の化身であるクリシュナ神に直接語りかけるために、マールガリ月をわざわざ選んで1ヵ月間の誓願を行う。その「乙女の誓い」を各日の詩にしたのが『ティルッパーヴァイ』。
マールガリ月ではなかったのだけど、その後も地道に語りかけ続けたアーンダールの願いはついは叶って(粘り勝ち!)、横たわるお姿のヴィシュヌ神であるランガナータ神(クリシュナ神はヴィシュヌ神のアバター)の神妃となった。女神アーンダールは『ティルッパーヴァイ』と共に今でも絶大な人気を誇り、マールガリ月はそれにちなんださまざまなプログラムが催されている。
たとえば、今シーズンは、各日の『ティルッパーヴァイ』のパースラム(聖詩)にちなんだお話、舞踊、音楽、絵を組み合わせたこんな素敵なYutubeプログラム“mAlyadA – A garland of offerings”が登場。踊り手は毎日変わる。下の動画は、8日目のパースラム(2018年12月23日公開)のもので、ケーララの古典舞踊モヒニヤッタムの踊り手である岡埜桂子さんがご自身で振り付けされた、愛らしいアーンダールにうっとりした。こりゃ、神様も惚れるね。
この記事の一番上の写真は、アーンダール姿の桂子さん(こぼれ落ちそうな感じで頭の左型に大きくふくらんだお団子があるのがアーンダールのトレードマーク)。まだ寝ているゴーピーをアーンダールが起こしにいくところだとか。
そしてこちらの写真は、詩に登場するバッファッローをムドラー(印・手の形)で表現しているところ。か、かわいい。
Photo by Anandhu Madhu
興味のある方は、『ティルッパーヴァイ』の各日のパースラムも読んでみてください(タミル語・英訳)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Thiruppavai#Verses_and_Explanation
さて、アーンダールも全身全霊をかけてこだわったマールガリ。
先月、つまり昨年の12月中旬、マールガリ月がいよいよ来るなとわくわくしながらも、
ふと、皆が口々に言う、
「私はマールガリ」
というクリシュナ神の言葉は一体どこから来ているのかと気になって今さらながら調べてみた。
マールガリ月は一体いつなのか?
「月(month)のうちでは、私はマールガリ(マールガシールシャ)月」
クリシュナ神が言ったとされるその言葉はどうやら、「神の詩」としてヒンドゥー教の聖典のひとつとされている『バガヴァッド・ギーター』第10章第35節からきているらしい。
なるほど、と思いながら説明を読んでいて、あれ?と思った。
https://asitis.com/10/35.html
マールガリ(Margazhi)月は、サンスクリット語ではマールガシールシャ(Mārgaśīrṣa。ここではmarga-sirso)なのだけど、説明にはNovember-Decembar(11月〜12月)と書いてあることに気がついた。
えっ?マールガリ月って12月〜1月じゃないの?
あわてて他の資料もいろいろ見たのだけど、同様の説明を各所で見つけた。
これは一体どういうことなんだ。
毎年、マールガリ月のはじまりをそれはそれは心待ちにしていて、前夜なんて興奮のあまり眠れなくなるくらい。外国人の私だけでなく、多くのタミル人もそうなんじゃないかという気がする(違うかな?私だけ?)。でも、それが全く違う期間だったら、私達は一体全体何をしてるの?!なんだかそれって……
ちょっと、いやかなりマヌケ?
や、ヤバいぞ。
と、突然現れた強敵「マールガリの謎」の答えを求めてインターネットの海にダイブしたら、そこには途方もないパンドラの箱が待ち受けていたのだ。
To Be Continued…(長くなりそうなので次回に持ち越し)
でも私、マールガリがいつかじゃなくて、マールガリがなぜ重要かが知りたかったんじゃなかったっけ?あれ?ま、いっか。
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マールガリ小話 タミル・ヒンドゥー教シヴァ派の良縁祈願
謎解きは次回詳しく書くとして、ちょっとここで小話。
アーンダールはタミルのヒンドゥー教ヴィシュヌ派の12人の詩聖アールヴァールの一人で、『ティルッパーヴァイ』もヴィシュヌ派の詩ということになる。一方、タミルのヒンドゥー教シヴァ派にも同様のものがあるようだ。
シヴァ神に捧げる20の詩を集めた『ティルッヴェムバーヴァイ』は、マールガリ月に独身女性たちが行う良縁祈願のためのもので、夜明け前に起きて皆で連れ立って川や池に行って沐浴したり、お寺参りをしたりする際に歌われていたのだという。『ティルッパーヴァイ』も同じ使い方をされてきたようだ。年頃になるまでは、母親がマールガリ月の間毎朝口ずさむ、それぞれのパーヴァイを聴きながら、歌を覚えていったのだろう。
タミルには『ティルッパーヴァイ』が生まれるずっと前から、そうした風習があったとも伝えられている。おおっぴらに少女たちがまとまって良縁祈願するわけだから、それは当然独身男性たちの目につくだろうし、マールガリ期間中のこうした誓願(パーヴァイノンブと呼ばれる)は、ある種の婚活の場になっていたに違いない。翌月のタイ月あたりからカップルがたくさん誕生して結婚式ラッシュになったのだろうか。なーんて考えると、なんだかほほえましい。