おむすび?動物の角?ピラミッド?
もう10年近く前のこと。 南インドタミル・ナードゥ州のチェッティナードゥ地方でかつて作られていた伝統的なデザインを今に再現したという木綿のサーリー(上の写真)を見ていた時に、三角形の模様がぽこぽこと連なっているのが気になって、なんという模様か聞いてみた。
「テンプルボーダーといいます」
もっとも、「ボーダー」とは、サリーの「縁」の部分のことなので、テンプル(寺院)模様といったほうがいいだろうか。
「消えゆく葉包みテンプルフード」でも紹介した、南インドのヒンドゥー寺院の塔門「ゴープラム(英語ではpagoda)」を象った模様だと説明された。
上の絵は18世紀末に描かれたタミル・ナードゥ州タンジャーヴールにあるBrihadisvara寺院の立派なゴープラム。
「寺を食べる」「寺を着る」暮らし
寺の形の食べ物や模様のある、つまり「寺を食べたり着たりする」暮らし。言葉にするとなんだか不思議な感じがするけれど、信仰が暮らしの中に完全に入り込んでいる南インドでは、ごくごく当たり前というか自然に生まれた形や模様なのかもしれない。
テンプルボーダーには、さまざまな大きさがある。
タミル・ナードゥ州の古都タンジャーヴールの近くのティルブヴァナムのサーリーは、ギザギザした大きなテンプルボーダーが特徴だ。天に突き出すように建つ雛段状のゴープラムの形により近い。
こちらはタミルナードゥ州マドゥライのミーナークシー寺院のゴープラム。50m以上ある。
テキスタイル研究家のSreemathy Mohanさんに、テンプルボーダーについて聞いてみると、もともとはコロマンデル海岸沿いでつくられる織物に伝統的に使われてきた模様ではないかという。
コロマンデル海岸。
ゴープラムの世界と対極にあるような、英語風の響きが突然会話に混ざってきたことに一瞬面食らうも、でも、それこそがインドの辿ってきた歴史なのだ。
「早咲きカボチャの咲く」海辺
19世紀に活躍した英国のナンセンス詩人、エドワード・リアの詩「ヨンギー・ボンギー・ボーの求婚」で、“早咲きカボチャの咲くところ”と唄われたコロマンデル海岸(Coromandel Coast)は、北はアーンドラ・プラデーシュ州のクリシュナ川の河口の港マチリーパトナム辺りから、インド亜大陸の南端タミル・ナードゥ州のカンニヤークマリまで、ベンガル湾沿いの約720kmのインド東海岸線を指す。
綿花の産地を擁したコロマンデル海岸は、古代から織物の盛んな地として知られ、ローマ時代には既にかの地の商人と交易をはじめており、大航海時代以降ヨーロッパ諸国が支配権を巡ってしのぎを削り、東は日本にまでその織物が運ばれたインドの玄関口だった。その後、インドを植民地にしたイギリスは、インドのテキスタイルの徹底的な調査を行いながら、追いつき追い越せと躍起になり、それは産業革命の導火線の一つとなる。
海から見たインドの歴史を象徴する「コロマンデル海岸」という言葉は、現代でも、インドの伝統文化の点を線につなぐ大切なキーワードだ。
海の女王の髪飾り
さて、大きなテンプルボーダーにはThazhampoo(読み方はターラムブー)という別名がある。シヴァ神に禁じられた花として知られるケータキー、和名は阿檀(アダン)という植物の白い花を意味する。シャープで細長く、花というより葉っぱのようなターライの花は、確かにギザギザタイプのテンプルボーダーの形によく似ている。
東南アジアで料理に使われる甘い香りのパンダンリーフと同じタコノキ属であるターライの花は、 芳しい香りで知られ、伝統的に女性の髪飾りとしても使われきたようだ。
上は、タミルの歴史小説シリーズでマニ・ラトナム監督による映画化(2022年9月30日第1弾『Ponniyin Selvan: Part One(PS1)』公開)が話題を読んでいるPonniyin Selvan(ポンニイン・セルヴァン = カーヴェリー河の息子)の登場人物で「海の女王」と呼ばれるPoonguzhali(プーングラリ)の挿絵。Poonguzhaliは、コロマンデル海岸沿いの港町Kodikkarai(コーディカライ)に住み、彼女が耳の上に挿しているのがターライの花だ。
映画でPoonguzhaliを演じるのはAishwarya Lekshmi。↓の動画(映画の挿入歌 “Alai kadal”)やポスターを観る限りは、頭にターライの花はつけてないみたいなのはちょっと残念。
ちなみに、Alai kadalを歌っているのは、アッサム出身のシンガーAntara Nandyさん。彼女は姉妹でNandy Sistersというウクレレ弾き語りデュオを結成し、ロックダウン中に#BalconyConcert と銘打ってキュートな歌声をYotubeで配信して大人気に。個人的には歌より彼女たちのエキゾチック(アッサミーズスタイル?)な民族衣装の着こなしに毎回うっとりしていた。Antaraさんは、PSIの音楽を担当するA・R・ラフマーン氏に見い出されて今回プレイバックシンガーとしてデビュー。
天まで届くガネーシャ神の蕾
サーリーの話に戻ろう。
サーリーは、「ボディ」と呼ばれる本体と、「ボーダー」と呼ばれる縁があるが、ボディとボーダーをつなぐ部分はタミル語で「コーラヴァイ」というらしい。そのコーラヴァイ自体、ゴープラムの構造を模したものだともいう。
コーラヴァイ(korvai)について説明するチェンナイの老舗サーリーショップ Sundari Silksのブログ記事(英語)↓
よりリアルにゴープラムそのものをモチーフにしたこんなサーリーもある。ただし、これはボーダーでなく、サーリーを着た時に肩から垂らすパッルーと呼ばれる部分だと思われる。
冒頭で紹介したチェッティナードゥ地方のカーンダンギサーリー。ごくシンプルな構成ながらも、ボーダーは層になっていて、一番下が無地、その上に異なる色と太さの横縞が重なり、寺の尖塔的なコーラヴァイでボディ部分につなぐ。ちなみにこのサーリーのボーダー部分は30cm以上ある。
サリーのボーダーの高さはさまざまだが、通常は7cm程度だとされているので、チェッティヤールの女性達の天まで届きそうな信仰心を表しているのかもしれない。
ところで、この小さなテンプル模様には “pillaiyar moggu”という別名があるらしい。“pillaiyar”はガネーシャ神の名前の一つで、“moggu”は蕾という意味だ。
「ガネーシャ神の蕾」がなにを指すのかはっきりわからない。でもガネーシャ神が手に持つ米粉団子コルカッタイを作る時の注意点として、タミルのバラモン料理研究家のViji Varadarajan先生がいつも口にされる言葉を思い出した。
「コルカッタイの形は蓮の蕾のように先を尖らせること」
テンプルボーダーとコルカッタイのゴープラム、お気に入りの南インドの模様と形が一つに重なった瞬間だった。