お化けや水牛がくっつくおなじみ野菜
お化けタッカーリ、水牛タッカーリ……何これ?
1834年にフランス人宣教師&植物学者Johan Peter Rottler博士がマドラスで編集・出版したタミル語・英語辞典 “A Dictionary of the Tamil and English Languages”をパラパラめくっていると、ある項目に目が留まった。
タミル語でトマト(Solanum lycopersicum)を意味する「タッカーリ(தக்காளி)」というおなじみの単語に、意外な言葉がくっついている。
エルマイ(எஉமை)は水牛、ぺーイ(பேய்)はお化け。トマトと一体どんな関係が?
そもそも、「タッカーリ」単体としては、トマトでなく別の植物名が記載されている。
Physalis pubescensはヒメセンナリホオズキ。
確かに、トマトとホオズキの中身ってサイズは違うけど形は似てはいる。
そういえば、タミル・ナードゥ州のお隣カルナータカ州のクールグ(コダグ)地方では、ヒメセンナリホオズキの近縁種南米原産のシマホオズキ(Physalis peruviana)をジャムにするとクールグ料理研究家のKaveri Ponnapaさんのブログで知り、あまりのかわいらしさに思わず真似してみたことがあったのを思い出した。
シマホオズキ、クールグではgummatte panneと呼ばれているらしい。
シマホオズキもヒメセンナリホオズキもトマトと同様に南米原産。インドに昔からある植物というわけではない。
では、タッカーリは新しい言葉なのだろうか。いやいやそんなことはないはず。
南インドの伝統医学で使われてきたマニタッカーリ
マニタッカーリあるいはマナタッカーリと呼ばれるイヌホオズキ(Solanum nigrum)は、ユーラシア原産の植物だ。
ナス科の植物(ジャガイモの表皮や芽など)に含まれる有毒成分ソラニンが植物全体から検出されるそうで、日本では役に立たない(食べられない)ことからバカナスという名前もあるとのこと。
が、タミルの地では昔から実や葉を料理に使う。伝統医学シッダでも用いられてきたようだ。
マニ(மணி)もマナ( மண)も、タミル語で「宝石」という意味だ。英語名はBlack Nightshade。
未熟の実は緑色で、熟すと黒光りする小粒の実は確かに美しい。
実は下の動画のように塩とカード(ヨーグルト)でマリネ&日干ししてワッタルという保存食にし、そのまま揚げてご飯に添えたり、コランブに入れたりする。
葉っぱは八百屋さんで葉物野菜として普通に売られている。
上の写真のマナタッカーリはおそらくヨーロッパのものなので、タミルに自生する品種とは微妙に異なる気がする。
タミルのマナタッカーリの葉っぱは、下の写真のように小さくて柔らかい。
白い小花はブーケにしたくなる愛らしさだけど、花言葉は「嘘つき」だそう。
トマトはいつタッカーリになったのか?
トマトはいつ頃からタッカーリと呼ばれるようになったのだろう。そもそもインドに入ってきたのはいつ頃なのだろう。
“A Historical Dictionary of Indian Food”のトマトの項目で、インド食物史の第一人者である故K.T. Achaya博士はこう記している。
“In AD 1880, Watt remarked that tomatoes were grown chiefly for the European populations; Indians, he added, were beginning to appreciate the tomato, and ‘Bengalis and Burmans to use it in their sour curries’.”
“A Historical Dictionary of Indian Food”, K.T. Achaya, 1988
Achaya博士は、インドにトマトが入ってきた年代ははっきりしないとしながらも、1850年頃ではないかと推測している。が、1834年に出版された“A Dictionary of the Tamil and English Languages”にはトマトが掲載されているわけで、1850年よりから存在が知られていたことがわかる。
ここに登場するWattとは、スコットランド出身の植物学者ジョージ・ワット(1851-1930)のことのようだ。ワット博士の著書に登場する”Dictionary of Economic Products of India“(『インドの産物事典』)の「トマト」の記述を見てみよう。
この本が出版されたのは1883年。インド在住のヨーロッパ人向けに栽培されていたトマトが、ようやく地元の人々に受け入れられ始め、ベンガル人はトマトで酸味のあるカレーを作るとある。
その半世紀前、ロットラー博士の辞書でお化けタッカーリ、水牛タッカーリと呼ばれていた植物が、インドの台所にじわじわと進出しはじめたと考えていいと思う。
ただ、19世紀末にマドラスで出版された南インド料理本”Hindu Pakashastra”には、マナタッカーリの記述はあってもトマトを使ったレシピはまだ登場していない。
タミル人のネーミングセンス
ではなぜトマトはお化けタッカーリ、水牛タッカーリと呼ばれていたのだろうか。
タッカーリ類で、古くからタミルの人々に一番なじみがあったものは、おそらくマナタッカーリ。
トマトとマナタッカーリを並べてみよう。
左が17世紀にドイツの植物学者が描いたトマト(ビーフステーキトマトと呼ばれるイタリア原産の大きな品種かな)。
ちなみに、ヨーロッパでもトマトは最初は食用としてでなく、観賞用植物として栽培されていたらしい。ここに描かれているトマトがどちらだったかはわからないけれど。
右が19世紀初めにオランダの植物学者が描いた(恐らくヨーロッパの)マナタッカーリ。
19世紀にインドで栽培されていたトマトがどんな品種だったかはわからないけれど
マナタッカーリを基準にすると、やっぱりトマトはびっくりお化け級と言っていい。
ということは、ネーミングとしては的確なのではと感じる。
さて、1571年から南米に赴任し、アメリカ大陸の原住民文化の観察・記録を行ったスペインの植物学者のホセ・デ・アコスタは、トマトに関してこんなことを記していたらしい。
To soften the chili pepper they use tomatoes, which are fresh […] and make tasty sauces.
José Acosta (1590) – ‘Historia natural y moral de las Indias’
https://www.europeana.eu/sk/exhibitions/edible-plants-from-the-americas/tomato
トマトは唐辛子の辛味を和らげるために用いられ、ふたつを合わせておいしいソースが作られていたというのだ。
19世紀後半にワット博士が記しているベンガルのトマトベースのカレーには唐辛子が使われていたはずだと考えられるし、今やトマトと唐辛子はインド料理で最も出番が多い食材と言ってもいい。
お互いの良さを引き出す永遠のベストコンビといったところか。
古来からインドのスタースパイスであった胡椒に代わり、唐辛子がインド料理の主役スパイスとなったのは、南米組のトマトの強力サポートもあったからに違いないと想像を巡らせたりする。
元祖タッカーリはどこに?
というわけでお化け野菜トマトは、気がついたらずっーと前からタミルの地にいたような顔をして「ザ・タッカーリ」になっているのだけど、元祖タッカーリはどの植物だったのだろう。
19世紀初めのタッカーリであったヒメセンナリホオズキは、トマトと同じく外来種なので、元祖ではないはずだ。
タミル語の辞書Winslow’s “A comprehensive Tamil and English dictionary”を見てみると、タッカーリにはさまざまな種類があると説明されている。
தக்காளி , s. A class of medicinal shrubs, ஒர்செடி, Physalis, L. See அமுக்கிரா.–Note. There are different species, as ஏருமைத்தக்காளி, குட்டித்தக்காளி, சீமைத்தக்காளி, நல்ல தக்காளி, பசுவின்தக்காளி, பிள்ளைத்தக்காளி, பெருந்தக்காளி, பேய்த்தக்காளி, மணத்தக்காளி, and மணித்தக்காளி…
Winslow’s “A comprehensive Tamil and English dictionary”(p. 538)
お化けタッカーリや水牛タッカーリ、マナタッカーリ、マニタッカーリの他にもたとえば牛タカーリ(பசுவின்தக்காளி)なんかもある。ただ、ここに登場するタッカーリがそれぞれ別の種類というわけでもなく、同じ植物の別名だったりする。
それにしても水牛とか牛とか、タッカーリと動物はどんな関係があるのだろう。
ここでは、タッカーリ自体はPhysalisつまりホオズキ属の植物だと定義されている。そしてその横に書かれた”அமுக்கிரா”という言葉に注目したい。
அமுக்கிரா(アラッカラー)とは、インドの伝統医学アーユルヴェーダに用いられるナス科の薬草として知られるアシュワガンダのタミル語名の一つでもある。『カーマスートラ』にも精力を増強させる秘薬として登場するパワフルなアシュワガンダだけど、小ぶりな赤い実は、そんなたくましさを感じさせない可憐な愛らしさだ。
アシュワガンダ (ashwagandha)はサンスクリット語で「馬の匂い」という意味らしいのだけど、ここにまた動物が登場するのはただの偶然だろうか。
アラッカラー=アシュワガンダの実が料理に使われてきたかどうかはよくわからない。でも、個人的には珊瑚のように美しいこの赤の実もタッカーリにふさわしい気がする。
動物とホオズキとタッカーリの関係、もう少しぐるぐるしてみたい。
アラッカラーの実はどんな味がするんだろうか。食べみないと!
お化けタッカーリとトーキョータッカーリ
今やってみたくて仕方ないのは、
お化けタッカーリください!
と八百屋で言ってみること(水牛タッカーリでもよいね)。
どんな顔されるだろうか。
そして新たな疑問。
100年後にもタッカーリはトマトのままなんだろうか。
未来をちょっと覗いてみたい気がする。
と、実は今、東京の隔離ホテルでぐるぐる考えながらこの記事を書いている。
昨日、北海道・東川産のおいしいミニトマトを差し入れにいただいて、あっ!と思った。
ミニトマトってよく考えるとタッカーリの定義にぴったり合ってる。
タミル語で何て言うんだろう。チンナタッカーリ?
今の私の気分ならば、トーキョータッカーリと名づけたい、な。